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魔王様は氷の微笑に逆らえない
魔王様は氷の微笑に逆らえない
Author: 霞花怜

1. 北の魔王

Author: 霞花怜
last update publish date: 2026-08-19 14:35:33

 おぼろげな意識の中に浮かぶのは、一人の少年。魔王と目が合って、へたり込んだ体は震えていた。

 あどけない瞳には、恐怖が浮かんで当然だった。なのに、あの瞳は――まるで憧れの相手を見付けたように、魔王を見つめ続けた。

 おおよそ人間が魔王に向ける目ではない。

(怯えない人間もいるのか)

 捕食する魔族に人間が怯えるのは道理だ。

 だったら、あの瞳が意味する感情は?

 よくわからないから、考えるのをやめた。

 わからないことは深追いしない。生きるに必要ない思考だからだ。

 なのに時々、あの少年の瞳を思い出す。

 リンデル王国の最北端にそそり立つ岩山。その最上部には「北の魔王」の居城がある。人間を生の糧とする魔族を統べる王だ。城の一帯は魔国と呼ばれ、魔族が跋扈している。

 魔鏡を眺めて、魔王は溜息を吐いた。

「あーぁ、また来ちゃった。何回来ても同じなのになぁ」

 人間のパーティが魔王討伐のため、魔王城にやってくる。その度に返り討ちだ。

 魔力量も身体能力も体の頑丈さも、総てにおいて魔族が勝る。人間は逆立ちしたって魔族に勝てない。

「何百年、同じこと繰り返したら、勝てないって気が付いてもらえるのかなぁ」

 多くのパーティが魔王城を目指して、人間の国から魔国までやってくる。道のりもまた、人にとっては険しい。城まで辿り着けるパーティは、ほとんどない。

 実際に魔王が相手にするパーティの数は、多くはないのだが。

「餌としては重宝するけどさ。別に、人間を殺すのが好きなわけじゃ、ないんだよねぇ」

 戦いを挑まれれば、魔王も対応せざるを得ない。

「城が血で汚れるの、嫌い。人間の血って、鉄臭い」

 かといって生け捕りにすると檻の中で自害したりする。勝手に死なれると、死体が腐って面倒だ。

「せめて、今から自害しまーす、とか言ってくれたら、こっちも対応できるのに」

 魔王城にまで辿り着いたのだから、今回のパーティは強いんだろう。血の雨が降るのは必須だ。

 魔鏡を覗いた魔王の目が、留まった。

「あれ、この子……」

 戦士の後ろについて歩く勇者らしき青年を眺める。見覚えがある気がする。

「それはないか。餌の顔とか、いちいち覚えてない」

 魔王にとり人は皆、同じ顔に見える。

「けど、この子は可愛いかも。造形は好みかな」

 人間に興味を持った自分に、少しだけ驚いた。

「俺は先頭、歩いてる戦士が好みだね。魔族転嫁したら使えそう」

 後ろからランドールが魔鏡を覗き込んだ。如何にも魔王軍団長らしい意見だ。

「そういえば、魔王軍も数が減ったねぇ」

 最近は魔族の討伐隊が増えた。手練れも増えてきたから、応戦に苦心している。

 魔王は、魔鏡をじっと見詰めた。ランドールが言う通り、このパーティは使えそうな手練れが多い。

「餌にするのは、勿体ないか。でも魔族転嫁は本人が望まないとね」

 人間が「魔族堕ち」と呼ぶ魔族転嫁は、本人が心から望まないと変化がない。一方的な暴力では成立しない。

「とりあえず魔印で奴隷とか、良いんじゃねぇの? それからじっくり考えてもらえば」

 ランドールが口端を上げた。

 魔印は従属の強制だから、考える余地は確かに生まれる。

(時間をあげても納得するかわからないよね。無理矢理に魔族にしても、面倒事の火種になるからなぁ)

 かといって、既に魔王城までたどり着いているパーティだ。直接対決は避けられない。魔族にしないなら、最初から殺して餌だ。

「試す分には、いっか。ダメそうなら餌にするってことで」

「んじゃ、今回は魔族堕ちコースってことで。しっかり弱らせてから玉座の間に誘い込むぜ」

 ランドールが手を振って出ていった。背中が既に楽しそうだ。ランドールなりに考えがあるのだろう。魔王軍の人手不足も深刻だから、ランドールの意見は無碍にも出来ない。

「なるようになるかな」

 魔王は深く考えるのをやめた。

 その目は自然と、魔鏡に映る勇者の姿を追っていた。無意識の視線が意識して彼を映す瞳に変わろうなど、この時は予想もしていなかった。

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